秋のイベント

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日本の祭り

日本全国で開催されているお祭りは、10万から30万もの数があると言われています。そのそれぞれに行われるイベントや衣装、かけ声などの特色があり、それを知ることができたら、それらの祭りをさまざまな角度から存分に楽しむことができるでしょう。

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日本人にとって“祭り”とはなんでしょう?そのキーワードとなるのは「春夏秋冬」です。春には種をまき、夏には台風や疫病などの被害を願い、収穫の秋には実りへの感謝し、寒い冬には魂の充実を感じる、季節の移り変わりによって日本の人々は営み、その季節感が祭りの中に込められているのです。

春は稲を植える時期、そして、日本人にとって一年の“始まり”とされる季節です。春に行われる祭りは、「お田植え祭」という豊作を祈願する祭りで、田植えを実際に行うものと、その所作をまねして演じるものがあります。

そして、春のお田植え祭と秋祭りは対になっており、稲刈りの時期の秋祭りには「新嘗祭(にいなめさい)」が行われます。このイベントは、米の収穫を喜び、神様に感謝するために行われます。

夏祭りの由来は、昔、夏に疫病が流行り、それが神の祟りだと恐れていたので、疫病の退散を願うために行われたものが多いです。その代表的なものが、京都の「祇園祭」や大阪の「天神祭」です。京都と交易のあった都市でも疫病が流行り苦しめられていたこともあり、京都の祇園祭を真似して独自に作った祭りが行われるようになりました。夏祭りは、そのほかにも、台風や害虫の被害がないことを願って行われる「台風除け」や「虫送り」の祭りもあります。

冬は、厳しい寒さに耐えて魂を充実させる意味から、「裸祭り」や「 火祭り」が行われています。また、新春を祝う祭りや節分の祭りとして、観光客を呼ぶための町おこしイベントとして開催されています。有名で毎年恒例となっているのが「さっぽろ雪まつり」です。

このように、日本の祭りは1年を通じて、生きるための“願い”と“祈り”、“感謝”の想いが集約されているのです。そのため、代々受け継がれ今では毎年恒例のイベントとして、さらに次世代へと伝えていくのです。

地元の人々から愛される「播州秋祭り」

「播州秋祭り」は地元の人々が愛するお祭りです。播州秋祭りは、兵庫県南西部の播磨地方一帯で、10月に開催される毎年恒例のイベントとなっています。ふんどし姿をして、華やかな神輿や屋台を担いだ練子たちが、声を張り上げて歩く姿は、この地方の人々が楽しみにしている秋の風物詩となっています。地元を離れている人や、いつも忙しくしている人でも、このお祭りの日だけは絶対に参加したい、というくらい地元の人々に愛されている一大イベントとなっています。

播州秋祭りの魅力の1つに「屋台」があります。屋台とは、一般的なお祭りで見られる店舗のことではなく、播州秋祭りでは“祭礼山車”のことを意味します。この屋台は、さまざまな伝統工芸の職人の技術を組み合わせて、一つ一つ丁寧に作り上げられたパーツによって構成されています。

屋台を担いで練り歩く「屋台練り」が有名ですが、“獅子舞”もとても盛んです。特に、大塩の獅子舞は兵庫県の無形民俗文化財に指定されており、黒い毛で頭から尾まで覆われた獅子で、舞もとても豪快なのが特徴です。

また、松原八幡神社の「灘のけんか祭り」は、播州秋祭りの代表的な祭りです。日本三大荒神輿に数えられており、激しくぶつかり合う神輿合わせは、毎年恒例の一番の目玉となっています。神輿が激しくぶつかるほど神意に叶う、と信じられており、男たちが大きなかけ声とともに、神輿を激しく揺らし勢いよくぶつけ合います。

この播州秋祭りには、10万人を越える見物客が集まり、多くの人たちに見守られながら、美しい屋台が大きな地響きをあげながら倒される迫力のある光景は圧巻です。

伝統的な秋祭り「川越まつり」

数多くの歴史的な建造物が立ち並び、江戸時代の町並みを残す「川越」では、360年続く毎年恒例の伝統的な秋のイベント「川越まつり」が有名です。

川越まつりは、1648年に川越城主が氷川神社に祭礼用具を寄付したことが始まりだと伝えられています。毎年10月の第3土曜日と日曜日の2日間行われ、川越市の中央市街地一体でイベントが行われます。

この秋祭り自体、国指定重要無形民俗文化財に指定されていますが、お祭りに使用される「山車」もさまざまな文化財となっています。その山車は全長8メートル以上もあり、山車に舞台があって、そこで太鼓や笛、鉦のお囃子が演奏され、さらに、さまざまなお面をかぶった舞い手が踊ります。

それぞれの山車の屋根の上には人形が祭られています。この人形は、歴史上の人物や民話に登場する人物を模したもので、この人形をもとに山車全体をデザインしています。

川越まつりの最大の見所は、「曳っかわせ(ひっかわせ)」です。曳っかわせとは、山車と山車が道ですれ違う時に向かい合わせになることで、特に夜の曳っかわせは、主要な交差点で繰り広げる山車同士の競演は、この祭りの最大の見せ場になっています。また、川越市役所前の山車巡行は一斉に山車が集まるので、こちらも見所となっており、多くの山車を写真におさめるチャンスとしても多くの来場客が集まります。

360年続く伝統的なイベント「川越まつり」は、江戸情緒あふれる町並みに、華やかで迫力ある山車、祭りの雰囲気を彩るお囃子など、いろんな顔を見せる魅力が詰まった毎年恒例となっている秋祭りです。

四国三大祭りの1つ「新居浜太鼓祭り」

日本を代表するお祭りと言えば、高知県の「よさこい祭り」や徳島県の「阿波おどり」などがありますが、“四国三大祭り”に選ばれる「新居浜太鼓祭り」をご存じですか?

新居浜太鼓祭りは、金銀の糸で刺繍された豪華で美しい山車「太鼓台」が50台以上練り歩き、太鼓台同士をぶつけ合う激しい「喧嘩」や、太鼓台を担ぎ上げて競う「かきくらべ」など、勇ましい男たちによる激しく豪快な秋祭りです。新居浜市内最大の毎年恒例のイベントとされているので、愛媛県内外からたくさんの観光客が集まります。

このお祭りの見所である「太鼓台」は、神社の祭礼で出される山車のことです。金と銀の糸で全体に美しい刺繍が施されており、高さ5メートル以上、重さ3トン以上もある太鼓台も中にはあります。その巨大な太鼓台を
最大150人の「かき夫」と呼ばれる男たちが担ぎ上げ、太鼓台から響き渡る太鼓の音や、運行を仕切る指揮者の笛の音、男たちのかけ声とともに練り歩きます。

絢爛豪華な太鼓台も見物ですが、「喧嘩」も新居浜太鼓祭りの名物となっています。それぞれの太鼓台を相手に向かって勢いよく突進させる光景は、勇ましく豪快で迫力満点です。この喧嘩は、漁師たちが漁業に関するトラブルを起こしたことから始まったと言われていますが、それが現在でも伝統になり毎年恒例のイベントとして続いています。

また、最大の見せ場とされるのが、「かきくらべ」です。これは、太鼓台が一カ所に数台集まり、太鼓台の車輪をはずして、かき夫たちの力だけで
担ぎ上げ動かします。さらに、太鼓台を一斉に高く持ち上げる「差し上げ」は、熱気あふえる男たちと歓喜にわく観客とが一体感を作り上げ、不思議な雰囲気に魅了されます。

全国的にはあまり知られていない新居浜太鼓祭りですが、その激しさと豪華さに圧倒され魅力あふれる秋祭りで、地元の人々が楽しみにしている一大イベントです。ぜひ秋の愛媛でその貴重な時間を過ごしてみてはいかがですか?新居浜太鼓祭りは、毎年10月16日?18日に、秋の豊作を祝って新居浜市内各地で開かれます。

豪快なお祭り「岸和田だんじり祭り」

「岸和田だんじり祭り」は、毎年恒例になっている大阪府岸和田の秋祭りです。“だんじり”と言えば、猛スピードで曲がり角を豪快に方向転換する「やりまわし」は、とても有名で毎年恒例の行事として多くの人々が楽しみにしているイベントです。

地元岸和田の人たちは、だんじりとお祭りが1年中頭の中にあり、だんじり談義に花を咲かせたり、男たちはだんじり祭りに向けて寄り合いをしたりしています。

岸和田だんじり祭りは、約260年前に、現在の「岸城神社」で行われていた夏祭りに、茶屋新右衛門が藩主に提灯を付けたいと願い出たことがきっかけで始まったと言われています。また、神様を京都「伏見稲荷」からお招きして、五穀豊穣の祈願を「岸和田城」で行ったことが始まり、とも伝えられています。いずれにしても、本来だんじり祭りは、神社のお祭りがもとで、豊作への願いが目的なのです。

岸和田だんじり祭りは、「試験曳き」「宵宮」「本宮」があります。「試験曳き」は、宵宮と本宮の前に、だんじりを試しに動かしてみて、悪いところがないか確認をします。“練習”ということですが、だんじりを本番と同じように動かすので、こちらを見に来る見物客も多いです。

宵宮は、早朝から曳出しが始まりますが、人気が高く早くから見物客でいっぱいになります。午後からは、パレードが行われ、着ぐるみやさまざまなパフォーマンスなどさまざまなイベントが行われます。本宮では「宮入り」として、氏神様にあたる「岸城神社」「岸和田天満宮」「弥栄神社」を参拝して、五穀豊穣をお祈りします。

そして、絶対に見逃してほしくないのが「やりまわし」です。4トンもあるだんじりが猛スピードを出して勢いよく豪快にカーブする光景は圧倒されてしまうでしょう。だんじりが倒れてしまいそうになるなど、手に汗握る場面がたびたびありますが、それでもきれいにやりまわしができた瞬間は、観客から大きな歓声と拍手があがります。

このように、岸和田だんじり祭りは、50万人?60万にもの来場者が集まる
毎年恒例の秋祭りイベントです。絶対に見る価値のあるお祭りですが、非常に多くの人が来場するので、時間に余裕をもって参加してください。

大松明が見ものの「久礼八幡宮大祭」

「久礼(くれ)八幡宮大祭」は、土佐の三大祭りの1つとして、高知県内外からたくさんの観光客が集まる秋祭りです。「久礼八(くれはち)」「おみこくさん」「八幡様」といった愛称で親しまれています。この秋祭りの見所は、男衆が大松明と小松明を掲げて、深夜から明け方にかけて練り歩く「御神穀様(おみこくさん)」や、太鼓と太鼓を激しくぶつけ合う「けんか太鼓」などがあります。

御神穀様の「御神穀」とは、“神に捧げる穀物”を意味するので、御神穀様は、秋の豊作に対する感謝として、収穫した新米など(御神穀)を持って、頭屋から男衆が出て松明を掲げて町内を練り歩き、御神穀を久礼八幡宮に奉納します。役目を果たした大松明は、本殿から境内に投げ出されて、その松明の残りを一斉に拾う「熾き拾い(おきひろい)」は毎年恒例で盛り上がります。この松明を拾ってお守りにすれば、1年の無病息災にご利益があると伝えられているので、大勢の人々が競って拾い合います。

前夜祭では、本殿で巫女の舞が行われ、夜にはふるさと海岸で花火大会が行われます。また、露店や夜店がたくさん並ぶので、子どもたちにとっては毎年恒例のイベントとして、このお祭りが来るのをずっと楽しみしています。

2日目に行われる「御神幸(おなばれ)」は、年に1度の神様の浜遊びとされており、御神幸の行列は、先頭に竹取りの少年たち、そして、弓持ちや力士、神職、御輿の順に練り歩きます。息の合った天狗の舞や獅子舞などが見所で、特に、最後のイベント「喧嘩太鼓」は、いくつかの地区が競い合い、激しく太鼓をぶつけ合います。漁師町の秋祭りらしく、かなり荒っぽく勇壮さが見ものです。

高山祭の秋祭り「八幡祭」

毎年恒例となっている「高山祭」は、春祭りの「山王祭(さんのうまつり)」と、秋祭りの「八幡祭(はちまんまつり)」の2つの祭りを総称したもので、16世紀後半?17世紀に始まったと言われています。時代とともに移り変わりながらも、現在でも江戸時代の雰囲気を醸し出す伝統行事として、毎年恒例のイベントとして受け継がれています。

秋祭りの「八幡祭」は、旧高山城の城下町北半分の氏神様「桜山八幡宮」の例祭で、毎年10月9日と10日に安川通り北側の下町に豪華な屋台11台が登場します。そして、屋台の曳き廻しやからくり奉納などの伝統的なイベントが見所となっています。

「御神幸(ごじんこう)」(祭行列)は、お囃子や獅子舞、雅楽などを披露しながら、鳥文様の衣装の「闘鶏楽(とうけいらく)」や裃姿の警固衆などの伝統的な衣装を身にまとった総勢数百名もの大行列で町を巡ります。9日は午後から祭行列が八幡宮を出発して町を巡行し、10日は午前に出発してお旅所を(神様の休憩所)を経由して八幡宮へ帰ります。

また、八幡宮の境内では、9日と10日の両日、布袋台(ほていだい)の屋台で「からくり奉納」が行われます。布袋台の上部の2体の唐子(からこ)が“アヤ”と呼ばれるブランコのような棒を渡って布袋和尚の肩に飛び移り、布袋和尚が軍配を振る巧みなからくりは、日本が誇る伝統美を感じさせ、おおきな歓声があがります。

9日の午後には、秋祭りだけの貴重なイベントとして、4台の屋台が市街地を巡行する「屋台曳き廻し」が行われます。4台の屋台の中、神楽台と鳳凰台は毎年登場し、残りの2台は布袋台を除いた屋台から交代で参加することになっており、屋台の美しい構造を間近で見ることができます。

高山祭のもう1つの魅力は、9日の夕方から行われる「宵祭」です。100個の提灯をそれぞれの屋台に灯してゆっくりと町を巡ります。そして、最後に伝統の曳き別れ歌の「高い山」をゆったりと歌いながら、それぞれの屋台蔵へと帰るのです。闇夜にゆらゆらと揺れる提灯の灯りと、秋の心地よい夜風で、とても幻想的な雰囲気を作り出します。

異国情緒あふれるお祭り「長崎くんち」

「長崎くんち」は、毎年恒例になっている長崎最大のイベントです。長崎くんちは、長崎県の氏神様である「諏訪神社」で毎年10月7日?9日に行われる秋祭りで、9日に開催されることから「くんち」と呼ばれているそうです。江戸時代の南蛮文化の影響を受け、ポルトガルや中国、オランダなどの特色を残した異国情緒あふれるとっても独特のイベントが特徴の秋祭りです。

長崎くんちは、1634年、諏訪神社の前で、遊女2人が謡曲「小舞」を奉納したことが起源と言われています。それ以来、この奉納踊は長崎の歴史を受け継ぎさまざまな異国文化を取り入れ、豪華で国際色豊かな祭礼として繁栄をとげました。

長崎くんちの日程は、7日が「前日(まえび)」8日が「中日(なかび)」9日が「後日(あとび)」と呼ばれ、諏訪神社に祀られているご神体3体が、前日に諏訪神社本宮から御旅所(おたびしょ)に下り、後日に再び本宮に戻ってくるという神事が3日間かけて行われます。

また、奉納踊を披露する当番の各踊り町は、この3日間、諏訪神社本宮で奉納踊りをし、その後、八坂神社や御旅所、踊り場場でも奉納踊を披露して、町に降りたら民家の前やそれぞれの企業でも奉納踊りを行います。

長崎くんちの最大の見所というと、それぞれの町が披露する「演し物(だしもの)」です。すべての町で共通する演し物もあれば、1つの町だけで披露する演し物もあります。そのどれも素晴らしいもので、とても多くの見物客が集まるので、ゆっくりと鑑賞したいという方は、観覧席のチケットも販売しているので、そちらを購入すると良いでしょう。

また、観覧席を確保しなくても近くで見ることができるスポットもありますし、それぞれの町内に“福のお裾分け”を意味する「庭先回り」も毎年恒例で行われるので、市内の官公庁や店舗、個人の家などを巡り演し物を披露するため、それを追いかけるのもおすすめです。

阿寒湖の宝を守るための「まりも祭り」

「まりも祭り」は、阿寒湖の“宝”である「まりも」を絶滅や盗採から守ることが目的で、昭和25年に始まった秋祭りで、アイヌ民族の伝統ある神事として行われるイベントです。自然の神々に対して感謝を祈り、まりもを「迎える儀式」と「送る儀式」が神聖な雰囲気の中執り行われます。このほかにも、「まりも音頭」にあわせて踊る「まりも踊り行進」や、中学生による「まりも御輿」など、毎年恒例の秋祭りとなっています。

まりもは藻の一種で、阿寒湖の水深2m?3mのところに生育します。丸い形になるまりもは阿寒湖のものだけということで、天然記念物としてとても有名になりました。しかし、有名になったことで、勝手にまりもを持ち帰る心ない人が現れるようになりました。また、阿寒川上流に水力発電ができたことで湖の水位が低くなり、浜に打ち上げられたまりもが枯死し、絶滅の危機にさらされました。それらの危機からまりもを守ろうと「まりも祭り」が始まったのです。

そんなまりも祭りも今では毎年恒例の秋祭りとして、北海道では「さっぽろ雪まつり」と並んで有名なイベントになっています。このお祭りは、全体を通して静かな雰囲気で、中でも、2日目の「迎える儀式」では、闇夜の中を、たいまつを灯した丸木舟がゆっくりと湖面を進む様子は幻想的な雰囲気です。この儀式でアイヌの女性が歌うアイヌの歌は、言葉の意味がわからなくても不思議と耳に入っていくる魅力があります。

まりもを迎える儀式の後の「たいまつ行進」は、観光客もアイヌの人たちの後に続いて行進することができます。たいまつが余っている場合は、たいまつを持たせてもらえるチャンスもあります。

阿寒湖のある地域は、自然がとても豊かな場所で、水や空気もとてもきれいです。また、まりも祭りが開催される時期は、紅葉がとても美しい時なので、この機会に紅葉の散策も楽しんでみたはいかがでしょうか。

日本文化に触れる「筆まつり」

「筆まつり」は、筆の生産量が全国で80%を占める広島県広島市の熊野町で、秋分の日に開催される毎年恒例の秋祭りです。毎年、筆まつり当日は、「筆供養」や巨大な筆で一気に描き上げる「大作席書」、特別価格で筆を購入できる「筆の市」、ふれあいステージなど、さまざまな楽しいイベントが開催され、小さな子どもさんからお年寄りまで、たくさんの人々が足を運んでいます。

「筆供養」は、役目を終えた筆に感謝し、筆を作るために協力してくれた動物たちの供養と、筆を使う人たちの書道の上達を願って、筆を浄火の中に投じ供養します。筆供養することで、熊野で生まれた筆は、役割を果たすとまた熊野に帰り、この土地で永代供養されるのです。

日本で筆は、書道をはじめ、絵画や化粧に、そして、陶器の絵入れや手書き友禅といった手工芸品にも使われてきました。江戸時代以前にさかのぼると、ほとんどの書物は筆で書かれており、日本文化は筆なくしては語れないと言えます。

この筆まつりは、このような筆文化を身近に感じ、実際に触れることができるイベントです。中でも、ハンズクラフトはさまざまな筆を使った手工芸を誰でも体験できる参加できるイベントです。日本文化の代表“筆”で水墨画や絵手紙を体験したり、すずりの産地として有名な山口県楠町の「赤間硯」も販売されます。

熊野中学校のグランドに設営される会場では、「ふれあいステージ」として、町内の団体がダンスやバンド演奏、吹奏楽団などで盛り上げます。また、「屋台村」も開かれ、お好み焼きなどのおいしいグルメも堪能することができます。

熊野町で毎年恒例となっているこの筆まつりは、日本文化と触れ合うことができ、さらに楽しいイベントに参加できるので、丸一日家族みんなで楽しむことができる秋祭りとなっています。

「炎の祭典」の手筒花火

「手筒花火」の発祥地、愛知県豊橋市の「炎の祭典」を紹介します。

手筒花火は、火薬が詰められた約1メートルの竹筒を人が抱えたまま行う花火です。打ち上げるのではなく噴き上げ花火で、火柱は10数メートルも上がるものもあります。手筒花火は、豊橋市の「吉田神社」が発祥の地と言われており、豊橋市のある東三河地方や、静岡県の遠州地方西武などで盛んに行われています。

「炎の祭典」は、9月の第2曜日に開催される毎年恒例の秋祭りです。手筒花火は一斉に25本が披露され、そのほかにも、スターマインや仕掛け花火、乱玉など、さまざまな種類の花火を楽しむことができます。中でも手筒花火は、全身で巨大な竹筒を抱え込み、炎の火花から降り注ぐ火の粉に耐えながら仁王立ちで支える男たちの姿は、とても危険ですが、迫力と凛々しさに観ている方は感動です。また、花火と一緒に奏でる力強い和太鼓も見所です。

炎の祭典は毎年恒例となっているこの地方の一大イベントなので、毎年非常に多くの見物客が集まります。そのため、会場となる「豊橋球場」で鑑賞したい場合は、入場整理券を購入する必要があります。また、旅行会社では、炎の祭典の観覧席が付いたツアーを用意しているところもあるので、ゆっくり鑑賞したい方はツアーがおすすめです。

また、第一部の昼イベントでは、三河地方の食材を使った飲食店ブースが用意されていたり、豪華な商品が当たるクイズラリーが開催されたり、子どもさんが楽しめるコーナーが行われていたりするので、どなたでも楽しめる秋祭りとなっています。

三英傑が見ものの「名古屋まつり」

「名古屋まつり」は、昭和30年に始まった名古屋で毎年恒例となっている秋祭りです。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の“三英傑”や武士が約600人、さらに女人たちが豪華絢爛に行進する「郷土英傑行列」や、指定文化財とされている「山車揃」、名古屋らしくきらびやかな「フラワーカー」など、名古屋の中心となる会場でさまざまなイベントが開催される秋祭りです。地元のグルメや特産物が並ぶ露天や、東山動物園や名古屋城といった名古屋の観光名所の無料開放なども行われます。

名古屋まつりの最大の見所といえば、やはり「三英傑行列」です。陣羽織姿で元気いっぱいの「少年鼓笛隊」から始まり、揃いの浴衣で踊る「シャチはやし隊」、そして、「織田信長」が馬に乗って勇ましく登場し、いち早く西洋文化を取り入れた信長を表すように外国大使や宣教師も連なります。天下統一を成し遂げた「豊臣秀吉」の行列は、琉球王国との関わりをもっていたことから、琉球エイサーも踊られます。最後に、将軍「徳川家康」は、最愛の孫娘「千姫」や重臣が連なり威風堂々と登場し、三英傑を締めくくります。また、行列の途中に行われる、陸上自衛隊のみなさんが扮する武者たちによる、戦国時代の激しい合戦を再現した演技も見ものです。

そのほかにもさまざまなイベントが行われ、人気アイドルの華やかなステージや地元名古屋の「おもてなし武将隊」の舞台、参加型のイベントブースなど、楽しい催しがいくつかの会場で行われ、名古屋の人々が楽しみにしている毎年恒例の秋祭りです。

天下の奇祭「三谷祭」

日本にはさまざまな伝統的なお祭りやイベントがあり、中には、その地域独自の文化や風習から、風変わりな“奇祭”と呼ばれるものもたくさんあります。愛知県蒲郡市で10月に開催される秋祭り「三谷祭(みやまつり)」もこの地域で毎年恒例となっている少し変わった“奇祭”と呼べる秋祭りです。

三谷祭と一般的な祭りと違うとことは、担いだり引いたりする出し物の「山車」の読み方です。「だし」と読むのが一般的ですが、三谷祭では「やま」と読みます。この山車をたくさんの男たちが力強く引いて、「八剱神社(やつるぎじんじゃ)」と「若宮神社」の間を通り、最後は、「海中渡御(かいちゅうとぎょ)」として、なんと山車を海に向かって豪快に引き入れるのです。

海中渡御は、この祭りの最大の見所で、4台の山車が海に向けて、若者たちの大きなかけ声と激しい水しぶきで、肌寒い10月の海岸がエネルギーと熱気に包まれ、その迫力に圧倒されるほどです。

三谷祭の山車は、この海中渡御のための構造になっており、山車を引く梶棒が進行方向と直角の位置に取り付けられているのです。このような構造にすることによって、海の中で山車を押す力が入りやすく、転倒を防止する造りになっているのです。また、「コロ」と呼ばれる大きな車輪は、松材の輪切りを使っており、海の中でもスムーズに進むことができるように、多くの祭りで見る山車よりも幅が広く直径約90cmで幅は約50cmになっています。また、「山車柱」と呼ばれる、山車に取り付けられている高さ10mの柱は、各地区のシンボルとなる飾りが付けられており、これも三谷の山車の特徴となっています。

毎年恒例の“天下の奇祭”と呼ばれる一大イベント「三谷祭」をぜひご覧ください。

生きた歴史風俗絵巻「時代祭」

「時代祭」は、垣武天皇が都を移した日、つまり“京都の誕生日”となった10月22日に毎年恒例で開催される平安神宮の秋祭りで、2月に行われる「葵祭」と7月に行われる「祇園祭」と並んで、京都三大祭として数えられるお祭りです。

時代祭は、京都が1000年以上にわたり日本の首都として培ってきた歴史のある伝統工芸技術を、“生きた歴史風俗絵巻”として時代行列を披露します。そのため、行列で使用される1つ1つの衣装や祭具などは、専門家による時代考証が厳密に行われて復元されています。笛や太鼓を奏でながら行進する「山国隊」を先頭に、約2キロにわたって約2,000名からなる行列が、平安京が造営された「延暦時代」にまでさかのぼります。

時代祭は、平安遷都1100年を記念して建てられた「平安神宮」がきっかけで、明治28年から開催されている比較的新しい秋祭りです。平安神宮が建てられた頃の京都は、明治維新によって首都が東京になったことで、著しく活気をなくしていました。そのため、京都の人々は、町おこしのためのイベントとして時代祭を始めたのです。

時代行列は、京都が都であった、明治維新、江戸時代、安土桃山時代、室町時代、吉野時代、鎌倉時代、藤原時代、延暦時代の8つの時代に分けて行進し、3時間にも及ぶ美しい大行列となります。

そして、この時代祭を支え続けているのが、京都市民からなる組織によって運営されており、現在でも市民が作り上げる秋祭りとして、毎年恒例の一大イベントとなっているのです。

人形が特徴の「針道のあばれ山車」

「針道のあばれ山車」は400年以上の伝統があり、福島県二本松市針道地区の諏訪神社の例大祭のメインイベントとなっており、7つの若連(わかれん)によってそれぞれ自慢の山車を勇壮にぶつけ合います。この秋祭りは、昔、この地方で凶作が続いて疫病が流行り、困った人々はこの災いを鎮めようと山車に人形を飾って、神楽囃子を奏で奉納したのが始まりだと言われています。

この秋祭りは400年以上の歴史がありますが、一番の見所の「山車もみ」は1788年頃と伝えられています。始まったきっかけは諸説ありますが、人形山車を引いている時に雨が降ってきて、雨で人形が濡れないように布で覆ったのですが、雨が降り止まないことに我慢できない若者たちが布をはずしました。その時に、血気盛んな若者たちの勢いで、山車同士がぶつかったことがきっかけで始まったという説があります。

山車には大きな人形が乗せられます。この人形は、張子製で毎年恒例で若連たちが新作を作っています。祭りの担い手となる若連は、高校生から30代半ばの男性ですが、最近では若者の人数が減っているので、OBが加わっている地区もあるそうです。そのため人形作りも、時代とともに作業は楽になっていますが、人数が少ないことで2ヶ月も前から作業を始めているそうです。今では、ほとんどの人形が子どもさんに人気のキャラクターをモデルにしていますが、昔は、博多人形を見本にして作ったものが多かったそうです。

地元では毎年恒例のイベントとなっているあばれ山車は、激しく山車と山車がぶつかりもみ合う迫力満点の秋祭りです。若連たちが激走と激突を何度も繰り返す姿は、とても勇ましく興奮の渦に巻き込まれること間違いなしです。

ビールの一大イベント「オクトーバーフェスト」

ドイツと聞いて思い浮かべるのは、“ビール”ではないでしょうか?そのようなイメージを象徴づけるのが、ドイツ・バイエルン州ミュンヘン市で毎年恒例となっている「オクトーバーフェスト」です。

オクトーバーフェストは、590万人の来場者が集まりビールを770万リットル消費する世界最大級のビールのイベントです。そのきっかけは、1810年に当時の皇太子ルードヴィヒと皇女ザクセンの結婚式で、たくさんのミュンヘン市民がお祝いしたことによるそうです。

現在では、世界一大きいお祭りとして、東京ドーム約9倍の広さの会場で、巨大な14のビールテントをはじめ、屋台やさまざまなイベントが開催され、ビールが大量に飲み交わされています。広大な会場では、音楽の演奏がステージで行われていたり、ジェットコースターや観覧車などのアトラクションを楽しめたりします。また、全長数キロにもなるブラスバンドや馬車などのパレードも行われ、このお祭りの見所となっています。

このオクトーバーフェスタは、日本各地でも開催されています。日本でのオクトーバーフェスタの歴史は、2003年に日比谷シティで5月に「ジャーマンフェスト」として、10月には横浜・赤レンガ倉庫で「オクトーバーフェスト」が開催されました。2006年には、東京の会場が日比谷公園内になり、その名前も「オクトーバーフェスト」に統一されました。2007年からは、東京会場と仙台会場で10日間開催され、2012年には、お台場で春祭りと秋祭りとして年に2回開催されました。2013年には、日比谷会場で規模を拡大して「JAPANオクトーバーフェストin日比谷」が開催されました。2015年には、11の全ての会場合わせて約67万人を動員し、毎年恒例の大型イベントとして多くの人が楽しみにしています。

これからも、より多くの人々にドイツビールのすばらしさと、オクトーバーフェスタの楽しいイベントを体験してもらうために、どんどん進化していきます。「オクトーバー」=10月の秋祭りの時期でない会場もありますが、暑い時期の開催では、冷たいビールがうれしいですよね。珍しくて美味しいビールや本場ドイツのソーセージを堪能できるだけでなく、ドイツの文化にも触れることができます。

秋を感じる「目黒さんま祭り」

東京の秋祭りとして毎年恒例のイベントとなっているのが、「目黒のさんま祭り」です。この秋祭りは、落語の「目黒のさんま」が由来で、目黒のさんま祭りは、実は、目黒区と目黒駅のある品川区の2つの場所で週替わりに実施されています。そして、そのどちらもさんまを無料で食べることができるのです。

この2つのさんま祭りの違うところは、品川区のさんま祭りは、友好都市となっている岩手県宮古市のさんまで、目黒区のさんまは宮城県気仙沼市から直送されるものです。また、品川区の方は、さんまに徳島県名西郡神山町のスダチが添えられ、目黒区の方は、大分県臼杵市のカボスが添えられます。

さらに、開催されるイベントの内容もそれぞれ違った楽しみ方があります。品川区の方で好評になっているのが、落語を無料で気軽に楽しむことができる「さんま寄席」です。また、岩手県宮古市、栃木県那須塩原市高林、徳島県、和歌山県みなべ町の4都市連合物産展、野外ライブコンサート、阿波踊りパレードなどさまざまなイベントが開催されます。

目黒区の方も、「おまつり広場」として、気仙沼の和太鼓、ダンスやバンド演奏のステージなどが行われ、「子ども広場」では段ボールで作った巨大迷路、ミニ縁日、工作ランドなどの楽しいイベント、また、被災地を復興を支援するイベントも行われます。

どちらも毎年恒例で非常に多くの人が来場するイベントなので、美味しいさんまを絶対にゲットしたいという方は、時間にかなり余裕をもって会場に行く必要があります。ただ、雰囲気を楽しむだけでも価値のあるイベントでもありますよ。

巨大な鍋が見ものの「山形芋煮会フェスティバル」

東北地方の秋に風物詩と言えば「芋煮会」でしょう。芋煮会とは、みんな集まって河川敷で、里芋などの具材を使った鍋料理を作って食べるイベントです。また、宮城県では豚肉の味噌仕立てにし、山形県では牛肉に醤油味、というのが伝統となっています。

その芋煮が一大イベントとして盛大に開催されるのが「日本一の芋煮会フェスティバル」です。地元の人々は9月が来るのを待ち遠しく毎年恒例で行われており、全国のニュースでも取り上げられるほど有名な秋祭りとなっています。

「日本一の芋煮会フェスティバル」は、山形県を活性化させるために平成元年から始まった秋祭りで、山形県馬見ヶ崎河川敷で開催されます。一番の見所というと、やはり直径6mの日本一大きい鍋で作る芋煮です。里芋が3トン、牛肉が1.2トン、ネギ3500本、こんにゃく3500枚など、ものすごい量の材料を大型の重機を使って熟練の運転手の技術により投入する光景は見ものです。また、全ての材料は山形産のもので、地元生産者さんと協力して、地元のこだわり新鮮な食材を提供します。

この大鍋の芋煮を食べるには、「芋煮引換整理券」がないと食べることができません。そのため、まず整理券発券所で整理を受け取り、放送で案内があったら整理券番号順に芋煮と引き替える形になります。会場ではさまざまなイベントが開催されているので、芋煮の待ち時間はそちらで楽しむことができます。

毎年恒例となっている「日本一の芋煮会フェスティバル」で、スケールも迫力も味も日本一の芋煮をぜひ味わってください。

ワンちゃんと楽しめるイベント「わんわん秋祭り」

静岡県浜松市南区中田島の遠州海浜公園で、毎年9月に「わんわん秋祭り」というワンちゃんたちを中心としたイベントが開催されています。このお祭りは、毎年恒例となっている同公園で開かれている「海浜公園秋祭り」のイベントの1つとして開催されています。

メインイベントの「無料写真撮影コーナー」は、プロのカメラマンが無料で技術の高い写真を撮影してくれます。また、「犬種別集合写真撮影会」では、犬種別に指示を出して、一カ所に集まったワンちゃんたちをカメラマンが撮影します。一番多く集まった犬種は賞品をゲットすることができます。

「愛犬との暮らし方教室」では、おやつを与えたり体罰を行ったりしないで、お座りや犬同士のあいさつをできるようにしたり、犬が我慢を覚える方法を教えたりしています。また、このイベントに参加することで、飼い主さんたちの交流を広げる機会にもなっています。

わんわん秋祭りは、毎年恒例のイベントとなっていますが、少し内容が変わることがあります。でも、障害物競走やだるまさんが転んだなどの、ワンちゃんと参加できるゲーム大会、ワンちゃんのことを専門家に気軽に相談できるコーナー、ワンちゃんたちがかわいく変身するファッションコンテストなど、愛犬家もワンちゃんもわくわくする催し物が多数行われます。

また、そのほかにも、リサイクルフリーマーケットや模擬店、クラフトアート、コンサートなどのイベントも行われる、とても楽しい秋祭りとあっています。

茨城の秋のグルメイベント

茨城県では、秋祭りでグルメイベントがさまざまな場所で開催されています。

常陸太田市で11月に行われる「常陸秋そばフェスティバル里山フェア」は、毎年恒例のイベントとして、非常に多くの観光客が集まります。「常陸秋そば」は、そば職人から最高峰のそばとして評価されている茨城のブランド品種で、豊かな香りと独特な味わい、風味が良く、まさに極上のそばと言えます。この秋祭りでは、その常陸秋そばを堪能できるだけでなく、全国の絶品の新そばを食べ歩きできるイベントも行われます。さらに、常陸秋そばを自分でこねて打つ、そば打ち体験も開催されています。

大洗町では、「大洗あんこう祭」が11月に開催されます。あんこうは、水深100m?300mのところに生育する深海魚で、見た目は奇妙ですが、骨以外は全て美味しく食べられる魚です。茨城県を代表する名産で、特に、大洗町では「あんこう鍋」が盛んに食べられており、代表的な“冬の味覚”とされています。大洗あんこう祭では、その絶品のあんこう鍋やあんこう汁を味わうことができます。また、熟練の板前によるあんこうの解体ショー「あんこうの吊し切り」は、その豪快で見事な技術に見物客から歓声があがります。

ひたちなか市の国営ひたち海浜公園で行われるのが「COOK in JAPAN」です。秋のグルメイベントとして、茨城が誇る“食”が大集合します。2014年に始まったイベントなので、まだ“毎年恒例”にまでなっていませんが、趣向を凝らした自慢の一品が勢ぞろいし、この会場だけで食べることができるということで、多くの人々が楽しみにしているイベントとなっています。

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